PART 1 ★GARY WALKER & THE RAIN

2012.09.21(Fri) | EDIT



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I deeply apologize to Mr.John Lawson.
I'm sorry that I put your letter on to the net.
Even now those letters are precious treasures to me.

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★ GARY WALKER & THE RAIN
    1968年・夏



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 (From reft to right) 
 ・Gary( Leeds )Walker
 ・Badfinge/Joey Molland
 ・Paul(Charlie)Crane
 ・Bassist John Lawson


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★Paul Crane  R.I.P.(2000年11月没)

公演会場・ステージ脇にて、自分が写した Paul Crane。
ステージ脇なので暗いのですが、
雑誌などで見るより、ずっと彫り深く、何しろキュート!!
目も鼻も口も頬も、まさに、お人形さん☆
加えスィートボイスな彼が、日本では人気No.1でした。


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★歓迎会(神田 共立講堂)楽屋にて

若きBadfinger!! Joey Mollandと、
ベーシストLawsonと、この夏16才になる自分。

これは何をしている所だったか??
Joeyと一緒に何かを見ているし、
Lawsonも何かを言いながらコチラへ来る様子。
ずっと、この写真の自分が余り好きではなく しまっておいたのですが、
今、改めて見たら、とても記念に残る一枚でした。

Joey MollandはRainの後、
Beatlesの創立したAppleレーベルのバンド“Badfinger”のメンバーとして
数々のヒット曲を出し、出世しました。
しかし、“Badfinger“”はマネジメントのトラブル等でメンバーの悲劇が続き、
様々な苦労をした様子です。
彼は今も頑張って “Badfinger”名義で演奏活動をしています。


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(From reft to right)
Gary Walker, John Lawson, Joey Molland 

今では見る事のない、歓迎の紙テープが凄かった!!
Garyは物凄い人気に慣れていたけれども、他のメンバーは驚いたはず!!

ステージ奥の警備のおじさんの隣が自分。
後でメンバーに渡すお土産を持っている。
それは、何と日本の番傘☆


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Joey Molland プレゼントの確認??!!
あの頃は皆、タバコを吸っていたのが今や驚きです。


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自分はJoeyとLawsonにお土産の日本の傘を渡しますが、
何と、Lawson がハプニングです!!

それは、今でも覚えているのですが、
左頬にChu!!と、右頬にChu!!と、
それから、エポックメイキングな自分の 1st.KISSでした☆☆
ここで番傘が重要な役割をするとは思ってもいませんでした。

後になってこの写真をもらったら、
時が止まっているようで、
GaryとJoeyの視線が何とも恥ずかしい事でした。 


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はしゃぎすぎです!!  Lawsonさん!!


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これは ちょっと大切な写真で、
今 見ても、形容する適切な言葉が見当たりませんが、
カメラマンさんには面白いシャッターチャンスだったのでしょう。

この頃に自身の一生を決める
“音楽へのかかわり”の道が出来ていたのだと思います。


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「WELL DONE!! 」


(以上、Paul Crane以外の写真はプロカメラマン撮影のものです。)

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今となり考えると、彼等も英国では考えられない日本での人気ぶりに
高揚していただろうし、
特に明るい(お調子者!!) Lawsonは
ハイになったのだろうと思えるようになりました。

しかし、私達は真面目にも、この後 住所交換をしました。
Lawsonは、私の名“Hiroko”と聞いて何か驚いたようで二度聞きでした。
(Londonに同じ名前の日本レストランでもあったか??)

彼等の帰国後、Lawsonの9月の誕生日にカードを送ったのをきっかけに
文通 <=死語!!>とは言っても、
最初のLawsonの手紙は年が明けていましたが、
内容的にはRainのトラブルでメンバー全員が参っている様子がうかがえました。

とにかく丁寧な手紙に、今はLawsonの日本に対する気持ちが読み取れます。
“How is Japan I miss it so much”とたびたび書いています。
まあ、あれだけ歓迎されれば、忘れられないでしょう。


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Lawsonが送ってくれた写真。
“I hope you like it ”と添えて ・ ・

花々が咲き溢れる英国式の庭にたたずんでいる、気品ある青年。
Graceful young man standing..
本当に異文化を感じさせ、
この人と不思議な縁が出来た事に感動します。

Lawsonは猫が大好きで、
Music Life誌上にも猫のスケッチを書いていましたが、
その黒猫ちゃんが足元にいます☆


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何と言っても自分は17才でしたので、
色々な事柄に対する理解が浅く、 後悔する事が沢山です。
あぁしておけば良かったのに、今なら、あぁしたのに・・と。


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さすがに手紙は、もうしまっておきますが、
いつも特徴のあるスクエアで几帳面な字で、表裏いっぱいに書いてある。
(2枚使って下さい・・)

Lawsonの事を忘れない、もう一つの理由があります。

それは、彼が英国では自らのRain LPアルバムが手に入らないので、
自分に日本から送ってくれないかと言う依頼でした。
そして驚く事に、彼はそのアルバムを「聴いてさえいない」と書いて来たのです。

急ぎ、自分の持っていたRain LPを彼の自宅へ送りました。
彼はちょうど、ドイツでの仕事から帰って来た所で受け取ったそうで、
とても喜ばれました☆

とても☆とても☆喜んでもらってコチラも嬉しいのですが、
自分の持っていたアルバムを送ってしまったので、
もうその限定品的なアルバムを入手する事が出来なくなってしまいました。

そして、“幻のアルバム”と呼ばれたそのLPがCD化されたのは
今から5年前の事で、
何と!! 何十年もの間、自分は聴く事が出来なかったのです。

今、CDとなって戻ってきた音源を聴くと、
その何十年間かは全く無かった事のよう・・
自分はタイムトラベラーのよう・・
      すべてが、そんなに昔の事とは思えないのです。

現在そのアルバムの価値は凄いものだそうです!!


演奏している本人のLawsonが、自らのアルバムの仕上がりを聴いていなかったり、
RainやBadfingerのマネージャーに関するトラブル等々も例えとして・・。
あの時代は、音楽業界の黎明期にあり、
本当に数多くのミュージシャンが個人の権利を守られずに
様々なトラブルに巻き込まれ、苦労していた様子でした。


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   (もう名前も分からないのですが、この方がマネージャー氏だったか??)



音楽の時勢の流れのはざまにあったThe Rain.

この後、間もなく英国はLedZeppelin,Jimi Hendrix等の
ロック全盛の時代に入りました。

流された彼等の残した一枚のアルバムは、しかし物凄く完成度が高い。
思い出が胸にせまる、自分の音楽史の中のベスト盤!!
Gary Walker & The Rain Album No.1☆ 



( Spooky♪)
Many thanks to Swallow290☆







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PART 2 ★John Taylor(DuranDuran)とのおかしなやりとり

2012.10.13(Sat) | EDIT



★John Taylor (Duran Duran) との おかしなやりとりとは??   
              (2000年・春)


John Taylorが一時Duran Duranを脱退していて、
彼自身の3rdソロアルバムのプロモーションに来日していた折の話。

*1st アルバム “Feeling Are Good and Other Lies”(1996)
*2nd アルバム “John Taylor”(1997) に続く
*3rd アルバム “TECHNO FOR TWO”

この 3rd アルバムは全体的にテクノの色が濃く、
ダンス+ロックがクロスオーバーするような歯切れの良い曲が多いのですが、
“IMMORTAL” は美しいメロディを持ち、
元々ヴォーカルは専門外だったjohn Taylorの素朴な歌声がマッチしています。




このアルバムのプロモーションに来日した際に、縁あって少しお会い出来ました。
とに角、英国・正統派スペシャル二枚目!!
端正な顔立ちに “IMMORTAL” 同様のスリムなスーツを着こなし、
髪は肩に届かず短く整っていました。
この後、長髪にする事はなかったようです。

この時、John Taylorは40才(1960年6月生)な訳ですが、
80年代のアルコール依存(もう一生分飲んだそうです)や
本人が言う所の不健康であった生活から立ち直った彼は、
初にお見受けしますが、
精悍で鋭い雰囲気でありながら華やか☆
現在はとてもご自身に厳しい方であろうと感じさせられました。

さて、幾つかの話しの中で、自分は相当アガっていたのでしょうか、
John Taylorの「Duran Duranの曲で何が一番好き?」の問いに、
思い切り良く、自信を持って答えたのです!!

I Said!!   「RELAX!!」    

・・ちょっと、それは、Frankie Goes To Hollywoodの曲でしょうが!!
・・Duran Duranの曲は「REFLEX!!」でした!!

それがそれが、もうJohnには大受け!!だったのです☆  

Frankie Goes To Hollywoodと言うバンドのスキャンダラスで特異な存在も、
その曲自体の意味深さも、
(あの時代をご存知の方にはご理解頂ける・・)、
考えれば、確かに スペシャルな事を言ってしまいましたが。

そんなに笑うか!!
笑った顔も爽やかだけれど☆
それ以降は自分の顔を見ると笑うので、もう忘れてくれと言ったのです。

しかし・・
最後に、彼はこうサインしてくれたのです。

【RELAX SHE SAYS!  John Taylor】

そこまでやるか!! そこまでやるか!!


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有難う!!
John Taylor☆
このサインは店に飾ってあります。

さて、今回は短い話しですが、ご教訓が有ります。

「相手が誰であれ・・絶対にアガってはいけない!!」 のですよ。





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PART 3 ★Paul McCartney&Wings Days (東芝EMIと)/前編

2012.11.01(Thu) | EDIT



★Paul McCartney&Wings days (東芝EMIと・・)
       (1975-1976)


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《 レコードの時代は発売に先がけて、見本盤が関係者に配布されました。
 “BAND ON THE RUN” Appleシングルレコード見本盤 》


出だしは当時、赤坂溜池にあった東芝EMIをおとずれた事でした。
英国EMIレコードと東芝の合弁会社であった東芝EMIは、
Beatles, T Rex, Pink Floyd 等々、英国の大物を扱い、
洋楽を聴く者にとっては、ちよっと憧れな場所でした。

そこで、現在は更なる日本音楽界の重鎮としてご活躍の様子の、
当時の洋楽担当ディレクター石坂敬一さんとの打合せで、
自分が日本で初めてのPaul McCartney&Wings Fan Clubを
創立する事となりました。
当時、自分はちょっとモデル業をしていたもので、
この赤坂辺りも来る事が多かったのです。

石坂さんはBeatlesを後楯として、その存在自体が“時代の主張”、
TV出演も多くこなし、国内では当時トレンドリーダーと言われていたようでした。
音楽評論家の今野雄二さんや、ミュージシャンであった内田裕也さんとも
仲良しとの話しを聞いていまして、大変生活が賑やかでした。

ご一緒するようになってからは、
石坂さんがロンドン出張中に国際電話をしなければならなくなったり。
(昔は国際電話かけるのは大変だった!!  2,3分の話しでも、今の感覚で5千円位!! )

ホテルニューオータニのプールで泳ぐから急に来いとか。
(そんな水着持って無いし・・☆)

一緒の時も、お一人の時も、移動はすべてタクシー使用なので、
自分が電車で出掛けて行くと、「よく電車に乗れるね」と言われましたー!!
よぉーし!!  
将来は、電車に乗らない、そんな生活するようになってやるわ・・と、
心したものです。
モチロン、今も電車、いつも使ってますが・・☆


s_IMG_0190[1]

<石坂さん*これ使わせて下さい
     Paul,Linda & 石坂さん>


自分も、音楽評論家の福田一郎さんのアシスタントの話しを頂きましたが、
当時、未だ女性は飾りのように扱われる時代でもあり、
とりあえず、辞退させて頂きました。

しかし、Paul McCartneyのF.C.と東芝EMIとは切っても切れない仲なので
色々良くして頂きました。

特に、これからのストーリーのメインイベントとなる
1975-76年の Paul&Wings の来日中止にからむ、
法務省への嘆願書提出や集会、銀座でのデモ行進など,
東芝EMIのヘルプ無しには成り立たない事でした。


*************


以下の資料提供は、
当時 副会長をして助けてくれた町田悦子嬢です。

自分は離婚の際に、殆どの資料を片付けざるをえなかったので、
今回彼女が貴重な資料を貸し出してくれました。
有難うございます。

Paulを抜きにしても長いお付き合いをしている訳ですが、
これからも私達は走り抜こうね!!
Keep on Rockin'!☆


*************


東芝EMI公認のPaul McCartney&Wings Fan Club は、
こんな具合に創立され、
初会報は1975年6月発行となりました。
ちょうど Wings の New Album “Venus&Mars” が発売された頃です。

それは、今のように情報が何でも簡単に手に入る時代では考えられない内容ですが、
どこからも海外の情報が入らず、私共が英国とやりとりした内容で、
皆様に少しでもPaulに近付けるような気がしてもらえていた訳です。

今ではびっくりなフィルムコンサート!! も実施しました。
大変貴重だった東芝EMIの大きなリールに巻かれたフィルムを借出し
神田共立講堂、横浜市民ホール、大阪では中ノ島公会堂等で上映しました。
そして、名古屋支部、大阪支部、札幌支部も出来ました。

さて、この頃からWings来日のウワサが出てきました。





<後編へ>





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PART 3 ★Paul McCartney&Wings Days(東芝EMIと)/後編

2012.11.03(Sat) | EDIT

★Paul McCartney&Wings days(東芝EMIと・・) /後編
          (1975-1976)


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1975年9月9日から Wings のワールドツアーが始まりました!!

日本では、11月19日からスリーディズ・3日間の武道館公演が決定しました!!
来日が近くなると某新聞社からは「空港に迎えに行きますか?」等の
問い合わせが入り、
fanのみならず日本全体がワクワクした感じでした♪

所が、来日直前の11月10日に、
なんと!  
なんと!! 
なんと!!!
日本国法務省は 《 Paul McCartneyの入国拒否を決定 》 したのです!!

ビザはおりていたのですが、
Paulが3年前にロンドン郊外でケシの栽培をしたと
100ポンド(約7万円)の罰金を受けた件について、が原因とされました。

(更に有名なPaulの逮捕事件は、この約5年後の再来日の際の事となり
 日本のfanは更にがっかりな状況に落とされるのです。)

しかし今回、ビザはおりていたのに入国を拒否した事に対して
fanのみならず、報道関係からも「それはないだろう??」の声があがり、
いわゆる “見せしめ的” 対処に、
私達fan代表が怒りを爆発させる状況になったのです。

自分的には、
知人に頼まれて確保した武道館のチケットを返却されるのが
むなしい思いでした。


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 ==< GET BACK PAUL TO JAPAN >==


★11月12日

霞ヶ関の法務省へ、
法務大臣宛 「Paul McCartneyと彼のバンドWingsの入国許可願い」
嘆願書の提出に行きました。

この際の様子は報知新聞に掲載されました。

s_IMG_0358[1]

(手前)入国審査課長補佐/岩本晃氏
(左奥)副会長/町田悦子さん
(右)自分


とにかく東芝EMIからの連絡で、指示通り法務省へ駆けつけました。
11月10日に来日中止の発表があってから翌々日の出来事で、
嘆願書なるものも書いた事がありませんし、
余りの時間の無さに、嘆願書文面もぶっつけ本番でした。

現地に着くと すべての手配が出来ていて、
すぐに面接室にて、担当の入国審査課長補佐氏とお会い出来ました。

新聞社のカメラマン氏まで待機されていて、
なるほど~、
表に出るのは、利害関係の有る者ではなくて“fan代表”が良いんだ・・と
後日になってから理解しました。


★11月29日
Paul McCartney来日要請実行委員会が、
当F.C.とBeatlesシネクラブ、各大学Beatles研究会等で組織されました。

この日は武道館そばの科学技術館ホールにて来日要請集会☆

そして、またしても急を要する出来事です!!

集会での代表挨拶を、
Beatlesシネクラブ代表で自分より年長であるH氏が、
「公の場やTVには出れない」との理由で!?!?  辞退され、
急に自分に代表の挨拶が回って来たのです。

“ちょっと、そんな大変な事、早くに言ってよね” とぼやきつつ、
約300人の Paul fan の皆様に 「Paulを日本へ!! fanは頑張ろう!!」 的な
お話しをさせて頂きました・・
はずですが、不覚にも記憶がもう雲の中です。
大丈夫だったのでしょうか☆

集会後は銀座通りで キャンドル行進デモ を実行しました。
後にも先にもデモをしたのは、この時だけですが、
覚えているのは 
“COME BACK PAUL TO JAPAN ”と叫んだフレーズだけ!!


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<一連の記事>



★11月30日
Wingsオーストラリア公演のTV放映があり、
その中で、昨日の集会や行進が映像でレポートされました。

科学技術館での様子や、一生懸命デモっている姿をアピール出来て、
参加した方々も幾分報われたのではないでしょうか。

そして、最後の作戦は “日本公演を実現する3万人署名運動”!!

この署名では、当F.C.だけで2万人を集め、
実行委員と合わせて、5万人の書名が法務省へ提出されました。

これらの活動が、何らかの影響があったかは勿論推し計る事は出来ませんが、
何かをせずにはいられないfanの, 貴重な、貴重な、代替行動でした。

さてさて、一連の活動は、
もちろん東芝EMIを通してPaul本人に伝えられ、
本人からは、お詫びの映像メッセージが届きました☆




作りあげたF.C.は、その後引き継がれ大きく育った様子でした。
関係された皆様、本当にご苦労様でした。

走り抜けた'75-76年。
自分は新宿の“ジュネス企画”と言う事務所に所属して、
モデル業をしながらの、Paul&Wings daysでした。


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★当時の事務所用 Self Photo


どちらでも、ご縁があって出会えた皆様 有難うございました♪

今では考えられないような熱い日々でした。
いつもいつも走り抜いて来て、本当に良かったです♪








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PART 4 ★Silvermoon、店名の謎と自分に関わる少しの事柄

2012.12.02(Sun) | EDIT



★シルバームン店名の謎?!?!と、自分に関わる少しの事柄


ズバリ!! シルバームンとは、
カントリーロックシンガー Michael Nesmith と The First National Bandの
1971年の歌のタイトルです。
澄み切った感の漂う とてもきれいな歌詞で、いつも聴く度に感動します。

寂しげな銀色の月の下にたたずむ、
生真面目そうな人間像こそが自分のテーマ・・
と思い入れて大事な店名にしました。

s_s_s_IMG_0738[1][1][1]

開業より13年間使っていますが、
当時、電車の優先席が “ シルバーシート”と名付けられていて、
その事が誤解の基となったのでしょうか。
頭髪のシルバーな人達ばかりが集まっている所だと思っている方もいたようです。

それは妄想です☆
20~50代位の幅広いお客様にご来店頂いています。   

大変ハードな道のりでした。
構想から建ち上げ、関係してくれる人、
そして、その後に起きる 予期していた事柄や、予期していなかった事柄。
しかし、悪い思い出やマイナスの思いは、
運気を下げHappyな気持ちを保てないので無し!!

自分の後(うしろ)に道はありません。  
道は、自分の前だけにあります。

しかし、ここでは自分は裏方です。
お世辞も上手く言い切らない武骨な自分が
フロントに出る場所ではありません。
ここでは、チャーミングなスタッフとお客様が主人公なのです☆

そして、今迄もこれからも、
この “Silvermoon♪” を歌う Michael Nesmith のつやのある声は、
チョッと古っぽい裏声のサビと、
もの悲しい歌詞とが共になって、
様々な場面で・・自分を泣かせてくれるのです。



s_s_s_IMG_0750[1][1][1]
★Michael Nesmith&The First National Band☆





最近、海外のお客様もご来店頂くようになりました。
フランスからのお客様、アイルランドからの客様、アジアのお客様。
シルバームーンはいつも自然体で、
その日その場に居合わせたお客様同士が、
出来るだけ楽しいセッションが出来るようにしています♪





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PART 5 ★ To Open The Future

2013.01.13(Sun) | EDIT



★ To open the future

大変有難うございました。

諸々の事情により、
“Music&Drink シルバームーン”の営業を終了させて頂きました。
長い間、一緒に笑ったり怒ったり、楽しい演奏を聴かせて下さった皆様と、
この店の為に様々な心使いをして下さった方々に、お礼の言葉がありません。

社会の娯楽に対する要求が劇的に変化したとは言え、
生身でワイワイふれあう場所が無くなる事は大変寂しい思いで一杯です。

Total 13年間のライブ&セッションプレイスでした☆

IMG_0130.jpg

しかし、シルバームンビルは
楽器演奏専用の防音マンション/事務所です。
これからも音楽活動可能な場所を提供させて頂きますので、
どうぞよろしくお願い致します。


             
***************



さて、店舗の終了の決定で2012年を終え・・

NEW 2013年☆
自分には素晴らしい連絡が入りました!!
探していた運命の人の Mr.John Lawson の
現在の住まいが分かったのです。

ロンドンより南東へ少し下る海辺の街。
やはり、ロンドン子のLawsonが遠くへ離れる事はないと思っていました。


s_IMG_1030_20130211172002.png
【Gary Walker&The Rain
40年以上前の写真ですが・・左Paul Crane,
 中上John Lawson, 中下Gary Walker, 右Joey Molland】


さて、これで自分の ロンドンステイに花が咲くでしょうか。
どうであれ、自分の前にしか道がないと言った通り、
また新しいドアを自分で開きます。

写真左の、今は亡きPaul Craneの古いミュージックビデオ。
60年代リヴァプールのバンド Cryin' Shames/クラインシェイムス に
在籍時のヒット曲 “Please Stay”♪

ウエストミンスターブリッジをバックにテムズ川沿いを歌い歩くPaul君は、
泣ける程、自分にロンドンを思い起こさせます。






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PART 6 ★JOHN LAWSONを探して(PART1続編)

2013.02.21(Thu) | EDIT



★John Lawson を探して・・・(Part1 続編)

40年以上も前のある夏、
はるばる英国からあちこちの世界を巡りつつ、
(・・当時の飛行機はかなり遠回りしなければならなかったらしい)
やっと訪れた日本。

そこで、不思議な縁で知り合った女の子が
今も自分の事を探しているとは、
陽気なLondonっ子、John Lawsonは今の所 思いもつかないだろう。


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当時、英国ではなかなか大きなヒットを出せずにいたGary Walker & The Rainが
日本へ着くと飛行場では鈴なりのファン達が待っていた!!
Garyが「日本ではとても人気がある」と言っていたのを
メンバー達は「大げさに言ってるんだ」と受け取っていて、
その実際の人気ぶりを目にして大変ビックリしたらしい!!

しかし今では全く信じられない事は、
実はその来日公演は、Scott Walkerが一緒に来ると言うので売れたチケットである事。
英国ではその件には一切触れられていず、Garyの持つWalker Brothers人気で
新人としては破格の単独10公演がなされたと伝えられている。

でも残念ながら、その際のチケットにはRainのバンド名はどこにも無い・・


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(東京公演はすべて新宿厚生年金ホール
 1968年7月26,27,28日/28日は1時と4時の2公演)


ちなみに自分は東京の4公演すべてに行っているのに、
Lawsonのプレイ場面を全く覚えていない。
かろうじて、ヴォーカルのPaul Crane君がイスに腰掛けギターをつまびき、
素朴に歌った“Black Sheep Boy♪”を覚えている。
「Scottが来れなくてすみません」と言っていた☆

今、時が経って考えると
メインであったScottがメンタル面でのトラブルで急遽来日出来なくなり、
その後のすべてを負わなければならなくなったGaryやRain達の
心中はいかばかりのものだったろうか・・。

見事に大仕事を成し遂げた彼等に拍手するのは間違いではないだろう。

信じられない程のWalkers人気で英国とケタ違いの歓迎をうけたRain達は
大いに満足して帰国したはずです。
しかし英国で彼等を待っていたのは
「英国ではアルバムはリリースしない」との悲報でした。


*********************


Lawsonから初めて自分に手紙が届いたのはその頃の事です。
(手紙を載せせたい所ですが、Pat1で掲載したら当り前だけれども
 ネットに広がってしまって、大反省しました。)

「Dear Hiroko,
I don't know if you have heard the sad news
about The Rain breaking up.」

これが最初の手紙の出だしでしたから、
今考えると何ともHappyなスタートではありませんでしたね。

さて、Garyの人の良さからくる人脈を駆使して集めたRainのメンバーなので、
アルバムを聴いた方なら分かるように、非常にレベルが高いのです。
しかし英国でアルバムがリリースされなかったのは、
もう、ひとえに音楽の時代背景が完全に移り変わって来ていたからで、
・・それは、Led Zeppelinや Jimi Hendrix等、
英国ROCKの時代の訪れでした。

今でもRainのアルバムがアンダーグラウンドで多くの方に聴かれるのは
単に“Badfinger”のJoey Mollandがいたバンドだからではありません。
勿論Joeyのユニークな作詞/作曲は素晴らしいですが、
亡きPaul Craneの歌唱構成力も素晴らしかったし、
エフェクトやリバーブ、エコーの使い方等アレンジも絶品でしたから。

しかし、その後のLawsonの手紙で

「Joey and I have joined a group together.」
  
と書いています。  
どうなったのでしょう。
Lawsonのいる“Badfinger”なんて思いうかべる事も出来ないから、
他のバンドの誘いもあったのでしょう。

その後、“Tumbleweed”と言う英国ベストのC&Wバンドにいると連絡がありましたが、
日本ML誌では“The Lace”というバンド名があげられていました。

*******************

2年間に渡った手紙のやりとりをしなくなってしまったのは、
Lawsonが手紙の度にバンドを変わっていろのを??? と 思ってしまった事と、
Walkers関係でなくなってしまった事とで、
今、思えば非常に稚拙!!
子供だったからと言えど、自分の最大の失点だった。

もし、Lawsonが自分からは書かなかったとしても、
大変マメな人だったので返信をくれたはず。
もっともっと長く連絡を取れていたと思う。

良きにつけ悪しきにつけ、
いつも全力投球で生きて来た自分の、ただひとつの心残り。
今やっと自分の【全くしがらみのない】時間が出来たので、
余りにも時が経ってしまいましたが、Mr.John Lawsonを探しています。

ただ、どうしているのか。 どうしていたのか。 
元気でいるのか知りたいだけ。
バンドを変わるのと同じ位たくさん引越しをしていて、
なかなか追いつけません。
今回の住所もお母様のAlmaさん筋からの情報ですが、
追いつけるか分かりませんが ・ ・ ・ John Lawson を探して☆








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PART 7 ★ London Stay (ローソンさんのご報告)

2013.04.29(Mon) | EDIT


★ ロンドン ステイ/ ローソンさんの ご報告


現在はロンドンへ直行便で12時間。
以前よりはずっと短いとは言え、やはりかなりの距離感でした。


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ホテルの部屋にて。 セルフで撮るのは大変です。
一人旅のひとつだけ残念な事は写真に自分が入れない事です。
この目線の先はトラファルガー広場。

そして、今回の初ロンドン ステイの目的の半分は、
ジョン ローソンさんの所在を確かめる事でした。


******************


4月15日☆
日本でやっと手に入れた彼の現在の住所をあてに、
そこに現実に住んでいるのかも証明されていないのに、
まさに賭けで!!
日本からその英国の小さな街へ向かいました。

ロンドン ヴィクトリア駅から英国鉄道に乗って。
切符の買い方から、乗り方から、今迄やって来た方法とは異なるシステムに
初体験と失敗をしながら、乗り継いで約1時間30分。

静かで小さな駅です。
駅前からの通りには、小さな雑貨店やパン屋さん、ドラッグストアが
湾曲した道なりに並んでいる可愛い街並み。
なんて英国の街並みは、どこも可愛らしいのだろう!!
特にこの街は、本当におとぎ話の中みたいだ。

しかし、すぐ海辺なので風がはんぱなく強く、髪が舞い上がってしまいます!!
そして今年の英国は気温が低く、
ここでは4月中旬なのに気温10度を下回っています。
もちろん冬のコートなのですが、寒さに前立てをギュと合わせてしまいます。

迷い迷い、仕方なく道をたずねながら向いました。
ラッキーな事に一人は配達中の郵便局員さん!!
箱形の手押し車(昔の日本の荷車に囲いをつけたようなもの。もちろん人力!)を
押して郵便配達中でした。

街の中心となる高い時計台があり、
ミスターポストマンは 「まずその時計台まで戻りなさい。そして左へ・・」と
丁寧に教えてくれました。


*******************


そこは、何度も何度もグーグルアース!! で夢見たのと全く同じ!!

青空に映える、白と茶色基調のカーブする家並み。
ひとけのない通り。 アパートメント前の駐車の列。
それは、もうデシャブのよう!!
その映像の中にとうとう自分は侵入したのです!!

実は当日、彼は在宅していなかったのですが、
お宅の中には彼のお仲間が三人いて、部屋の掃除や修繕をしていました。
彼はなんと!! !
階段から落ちて手を骨折し 【入院中】 だったのです。

<< ローソンさん、すみません☆
 お会いする前にお宅の中にお邪魔してしまいました☆ >>

お仲間が、まず 入って入ってと言って下さり、歓待して頂きました。
三人共が、ロンドン在住の方のような超ハイスピードな話し方をせずに、
聞き取りやすいトークで安心しました。
ずっと以前に、ローソンさんがバンドのメンバーとして日本に来た時に、
自分が日本からのお土産を手渡した事などを話題にしました。

そして明日退院である事を教えてくれたので、
とりあえず翌日のお昼頃に出直す事にしてロンドンへ戻りました。


4月16日☆
さすがに遠距離二日目、ちょっと疲れを持ち越しながらお宅へ。

所が、やはり退院となると時間がかかるのでしょうか、
なかなか帰宅されず、
強風と厳しい寒さを避ける為に、
駅前のマックと駅構内でかなりの時間を過ごしました。

ここはロンドンと違い、自分のような外国人をほとんど見ません。
この街は白人の居住率が90%と高いのです。
従って注目度が高く、こんな小さな街でウロウロしていると、
ローソンさんに迷惑を掛けるかも知れないという気持ちになって来ました。

そして、自分の体調も考え合わせて、
<時間の約束もしていなかったので・・>
今回はギブアップする事にしました。
ロンドンに戻りました。


****************


しかし、お仲間に会えて良かったです!!
誰も居ない時に行っていたら所在の確認すら出来なかったのですから、
大進歩です!!
長い目で見ていますので、
バックする事が、前進につながる場合もあるのです☆

そして、現地へ行ってこそ感じた事なのですが・・
ローソンさんがもう引退されていて、プライベートは出したくない
という場合が考えられます。

今回はそれが心配で、鉄道、駅、街並み、家など一切の写真は載せず、
個人指定になるアルファベットも全く使いませんでした。


昔と違い、現在はネットに載ると何もかもが広がってしまいますので、
その意向の場合は、気持ち良く“思い出”で終了したいと考えます。

その気持ちとは・・やはり、お会いしてみなければ分かりません。
と言う訳で、
お楽しみは またこれからのロンドン ステイへと引き継がれました。

今は日本から、
ローソンさんの怪我が早く治りますように お祈りしています☆





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PART 8 ★Walk Around London

2013.04.29(Mon) | EDIT



★Walk around London

今回はファーストステイにつき、あちこち歩いて回りながら
天候や暮らしぶり、£(ポンド)の使い方等々 いろいろ勉強しました。

前日に地図を見て頭の中に行く場所や大体のルートを叩き込んでおき、
現地では地図を広げないで歩き回ります。
予想してはいたのですが、自分の回りたかったLondonは、やはり思ったより小さくて
殆どが徒歩で、ちょっと遠い場合はタクシーを使って用が足りました。
さすがに、北部のMaryle boneや、Regent's Park、Blooms bury方面は
未だ行けていませんが。

たまには団体の列にひかれて後からついて行ってみたりすると、
思わぬ素晴らしいポイントに出たりして、
“あ~。この場所が自分を呼んでいたんだなぁ” なんて勝手に思ったりしています。


★サッチャー元首相葬儀
  トラファルガー広場にて、サッチャーさんの葬儀の車を見送る。
  トラファルガーは観光客がほとんどで、サッチャーさんの政策に反対する人達は
  この後のセントポール寺院へ向かう馬車での行進に集まったようです。
  大変静かな、あっと言う間の出来事でした。

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<英国BBCニュース画面>
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★旧アップル ビル
 The Beatlesが映画“LET IT BE”の中で屋上ライブしたのがここ!!
 Savile Row#3 Apple Corp Rooftop    時は1969年1月30日☆
 余りにもピカデリーサーカスに近くてビックリですし、
 回りはずっと同じようなビル群・・さぞかし、音が響き渡った事でしょう。
 このビルを地元の方もタクシーの運転手さんも知らなかったのが不思議☆
 ドアの横には少し書き込みもされているようです。
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★Royal Albert Hall
 建物が大きすぎて画面に収まらない!!
 かなり離れないと全景が入らないのですが、この日は雨なのでちょっと勘弁!!
 クラシックからポップスまで様々なコンサートが開催されますが、
 本日は衛兵の吹奏楽のようです♪    雨なのに外に居る方々は喫煙組。

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★Ronnie Scott's
 かの有名なSohoのJazz Club。
 ちょうど土曜日の晩だったので、此処の前だけではなくRonnie Scoot'sのある
 Frith Street全体が賑やかでした。 
 回りにはちょっと妖しげな方々もたむろされていたので、
 タクシーか団体かで行けばOKな感じです。
 
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★4AD
 Scott Walkerの所属する英国のインディーズ レーベル4AD。
 個性的なミュージシャンを擁する、このレコード レーベルの事務所を
 所在地の住居表示から探してみました。
 
 London Cabの運転手さんの優秀な事は有名ですので、お任せで着いた所がここです!!
 (Londonって本当に表札なるものが一切ありません。
  個人の家はもちろん、事務所ですら出入口の横にインターフォンがある位)
 London中心部からは、かなり離れていて、静かな住宅地の中と言った感じです。
 建物の裏手にはパーキングがあります。
 ここが本当に事務所かは関係者に聞く他ありません。

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★ファースト ストリート
 ザ・レインのメンバーが一時、一緒に暮らしていたのがこの中の一軒。
 ナイトブリッジの高級住宅街です。
 薄緑色の建物と聞いていましたが、現在はもう見当たりません。
 左側に駐車しているフェイスプリントしてある車が、
 本日、4ADとファーストストリートを廻ってくれたタクシー☆可愛い☆

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★South Bank/ テムズ川ウォーク

ここを訪れる事も、今回の大きな目標でした。
 その昔、Cryin' Shames に在籍していたPaul Crane君が、
 このテムズの川岸を“Please Stay♪”と歌いながら歩きました☆
 そこは、やはり同じく歩いてみなければ・・
 
 Londonに着いてから初の晴れ日です!!
 どんよりしていた空が晴れると、
 こんな絵葉書のような底抜けに青い空が現れるのでビックリです!!
 本当に英国の気候とは、コチラへ来て体感してみないと・・理解を越えています。


IMG_2793_convert_20130501175955.jpg

でもね、Paul君。
もう同じ景色は無理でした。
 London Eyeって、ものすごい観覧車が出来ちゃって・・・。

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 晴れの日曜日でしたので、昼頃にはだいぶ賑やかになってきました。
 空気がきれいで、何の香りも何の臭いもしない無色透明の空気を
 何度も深~く吸い込む。
 路上演奏のスリーピース バンドは50年代ロックの雰囲気を醸し出して・・。
 
 あ~!!
 もっと早くに 、もっともっと若い内に、来たかったなぁ!!
 こんなに、世界は広かったのに!!
 
 若い時にここに立っていたら、自分の世界は、もっと違っていたのに、と・・・
 自分らしくもない雄叫びを 《心の中で》 あげてしまいました。
 テムズで、精神の開放をしてしまったようです。


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(THe McCGowns)


 // 終章 //
 今回のホテル窓からの夜景。
 ナショナル ギャラリーのドーム屋根と小さな三日月。
                    
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次回からは、いよいよ本番!!
Londonのミュージック シーンを訪ねて行きます。
それまで、また勉強する事が沢山あって嬉しいです☆

 


                


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NEW!!  ★London Gig+Future Rockへ

2013.11.10(Sun) | EDIT



★NEW BLOG HERE!!

今年は3回程こちらとロンドンを行き来しました。
一度訪れると半月程ステイしているので、
朝目覚めると どちらで起きたのか分らなくなってアセる事がありました。

また来春から、数多くのライブや音楽関係の場所を巡って来ます。
このブログにて、
現地で参加して来たGig/ライブや 雑記を記録をしています。


★London Gig+Future Rock (with The 100 club and more) 
silvermoonstaff.blog77.fc2.com


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Silvermoon /Hiroko O.

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